私がタワマンを選ばなかった理由

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令中の2020年に、私は新築で買ってから二十数年住んだマンションを売って、同じ区内のもう少し新しい中古マンションを買いました。いわゆるマンションバブルの恩恵を受けて、二十数年住んだマンションが買値よりも高く売れてしまったからでした。

この買い替えの詳しい経緯については、別の記事でお話ししたいと思いますが、物件を探すに際して、私はタワマンを選択肢から外していました。

ここではなぜ私が最初からタワマンを考えなかったのかについて、お話ししたいと思います。

【理由1】救急搬送など、非常時の不安

若いうちならばあまり考えなかったかもしれませんが、長年勤めた仕事を辞めて、いわば「終の棲家」を探す身としては、急な病気や怪我に対する備えがし易いかということは、家探しの重要な要素になります。

タワマンに住むメリットとしてよくあげられるのは、立地に関する利便性、とりわけ最寄りの駅からの近さです。確かに駅から徒歩数分であることや、中には駅と直結していることを売り物にしているタワマンは少なくありません。もともとさまざまな面での利便性を求めてタワマンを選ぶ人は多いので、ディベロッパーもそういう顧客のニーズを意識して利便性の高い立地にタワマンを建てようとする傾向にあります。

しかし、例えば「駅徒歩3分」というのは、あくまでも駅の出入り口からそのタワマンのエントランスまでの距離が徒歩3分だ、ということを意味しているにすぎません。

問題はエントランスから部屋までどれくらいの時間がかかるか、と言うことです。この点については、エレベーターの台数や速度などが問題になってきます。

タワマンに限らず多くのマンションでは、エレベーターは例えば何世帯について1台といった基準で設置されているのが普通です。そして、この基準は、マンション内の移動に関して平均的に見たら必要十分な台数のエレベーターが用意されているかどうか、という観点で設定されます。

しかし、24時間にわたり混雑しない環境を作るためには、ピーク時の移動のためにに十分なエレベーターを用意しなければなりません。けれども、そうしてしまうとピーク時以外にはエレベーターが余ってしまうことになりますから、費用対効果という点での問題が生じてしまいます。

タワマンでは(特に1000を超えるような世帯数の大規模タワマンでは)、朝などの混雑時にはエレベーターがなかなかこないので、エントランスまでの移動に時間がかかってしまうと言うような話をよく聞きます。そうなってしまうのは、エレベーターがピーク時の必要にあわせて設置されていないことに由来します。

このように考えると、タワマン(の特に高層階)に住むと、たとえば部屋で倒れて救急車を呼んだとしても、時間帯によっては搬送に時間を要してしまい、それが命取りになる可能性も低くはない気がします。

そう考えると、少なくとも私のような高齢者にとってはタワマンに住むこと自体がリスクである可能性が否定できなくなってしまうわけです。

【理由2】住民間の合意形成の難しさ

マンションの世帯数の最適規模:理事を3回やった経験から

「理由1」は私のような高齢者に顕著なタワマンの不安ですので、救急搬送される可能性の低い若い人たちは、あまり気にしなくてもいいことかもしれません。しかし、「理由2」の論点は、すべての人に共通する問題です。

実は私はすでに30年間くらいマンション暮らし(タワマンではなくて普通のマンションです)をしております。最初の世帯数が約70世帯のマンションには、二十数年暮らしました。その後、前のマンションを売って今のマンションに買い替えましたが、こちらの世帯数は約60世帯です。

しかも、前のマンションでは2回、今のマンションでは1回、理事を経験しており、そのうち前のマンションの1回と今のマンションの1回は理事長を務めました。また、前のマンションでの2回の理事経験期間に大規模修繕に当たってしまいまして、特に理事長であった時には修繕委員長も兼務しました。

そういう経験から申し上げますと、マンションには(世帯数の)最適規模があると思います。これについては、世帯数が少なすぎても多すぎてもよくない、ということを説明したいと思います。

まず、世帯数が少なすぎる場合。マンション管理にかかる費用には固定費の部分が多いために、世帯数が非常に少ない(たとえば、10世帯や20世帯程度の)マンションでは、当然のことながら1世帯あたりの負担額が大きくなってしまいます。

それに対して、世帯数があまり多くなりすぎますと、後で詳しくお話ししますように、マンション全体での合意形成が難しくなってしまいます。

そういう事情がありますので、個人的な印象としては、70世帯くらいからせいぜい百数十世帯(200世帯未満)くらいのマンションが最適規模ではないかという気がしております。(蛇足になりますが、買い替えのために今のマンションを探していた時にも、価格・築年数・立地や環境等に加えて、世帯数も気にしておりまして、約60世帯という世帯数はギリギリ合格だと判断しました。)

さまざまな考えのぶつかり合い

実はこの「世帯数が多くなると合意形成が難しくなる」という「法則」は、ある意味当たり前に思えることですが、マンション管理を長期にわたって最適に維持していくためには極めて重要な要素です。

たとえば、今住んでいるマンションは上述のように約60世帯ですが、私が理事長を務めた期間に修繕積立金と管理費の値上げを提案いたしました。管理費については、駐車場の利用者が減少し管理組合の収入が減ってしまったことと、昨年来のインフレによるやむを得ないものではあるので、管理組合員の了解を得やすいものでした。しかし、修繕積立金の増額については異論が出ることも当然に予想できましたので、将来の収支等に関する綿密なシミュレーションを行い、近隣マンションの状況なども調べて、慎重に理論武装いたしました。

幸い総会では若干の異論も出ましたが、大きな波乱もなく大多数の皆様の賛同を得ることができました。

この経験から言えることは、たとえ60世帯程度のマンションであったとしても、十人十色でさまざまな考え方があるので、組合員の合意形成を行うのは実は大変なことなのだということです。

ましてや数百世帯や1000世帯を超えるタワマンでは、個々の人々の意見を集計して合意形成を行うのは至難の業だということが言えるでしょう。

収入の格差が合意形成をより困難にさせる

しかも、マンション管理等に関する意思決定には、個々の家庭の出費(負担)の増額を伴うことが少なくありません。

実のところ、マンションの世帯数が大きくなればなるほど、上述のような個々人の考え方の多様性も合意形成を難しくしますが、それだけでなく人々の所得格差の広がりも特に出費を伴う合意形成を難しくさせます。

たとえば、夫と妻の収入を合算してなんとかローンが組めたような世帯は当然に余裕がありませんから、修繕積立金等の増額に反対するでしょう。

それでは、富裕層の多いマンションは安心かというと必ずしもそういうわけではありません。富裕な区分所有者が皆そのマンションに住んでいるならば良いのですが、たとえ富裕であったとしても、投資目的や相続税対策などで購入した人は、そもそも適切な時期にその物件を売ってしまおうと思っていますから、20年後、30年後の積立金不足などには無関心かもしれませんし、将来保有し続ける可能性が低い物件の修繕積立金を増額すること反対すらするかもしれません。(タワマンの購入者層に多いと言われている投資目的の外国人は、その傾向がより強いでしょう。)

【理由3】大規模修繕等の技術的な難しさ

これについてはさまざまなところで言われているようですので、手短かに説明いたしますが、日本のタワーマンションの歴史は浅く、本格的に建設が始まった1990年代後半あたりから見ても多くのタワマンはまだ「若い」と言えます。

したがって、大規模修繕などが本格的に行われるのはほとんどのマンションの場合はこれからですが、それだけに未知の課題はたくさんあると思います。

たとえば、大規模修繕に当たっては、通常のマンションならば足場を組んで外壁等の修理や調査を行うわけですが(実は大規模修繕にかかる費用の中で足場設置の費用は、かなりの割合を占めます)、タワマンの場合には足場を組むことが不可能なので、高層オフィスビルの窓掃除のように上からゴンドラを釣って、作業員がそれに乗って仕事をすることになるものと思われます。

しかし、高層で時には強風が吹くような環境で、修理・点検のような複雑な作業を行うのは大変でしょうし、それができる訓練を受けた作業員の数も限られるだろうと思います。

また、風の強い日などは作業を行えないでしょうから、そこから作業スケジュールの大幅遅延が生じる恐れなどもあります。

いずれにしてもそういった作業にかかる費用は、普通のマンションの足場を組んでの作業経費よりもかなり高額になるでしょうし、その他の経費も嵩むでしょうから、十分な修繕積立金を確保できていないタワマンには大規模修繕をすること自体が高いハードルになるかもしれません。

終わりに

以上、私がタワマンを選ばなかった理由を3つ挙げましたが、そもそもタワマンの売りである眺望について私はさほど重きを置いておりません。

もちろん景勝地にあるリゾートマンションなどのように、眺望が価値の大部分を占めるような不動産があることは否定しませんが、日常的な生活を行う場である東京などの都会の居住用マンションで、眺望を気にするのは入居後数日間だけだと思っております。

むしろ私はタワマンの高層階には居住用の快適性を確保しずらい要素もあるような気がします。

たとえば、タワマンの南向きや西向きの部屋の直射日光の激しさはよく指摘されますが、そもそも少し風が吹いただけでもかなりの風切り音がするのではないでしょうか?

あるいは、特に湾岸のタワマンでは塩害の心配はないのでしょうか?

実は私は石垣島のマンションで年の半分ほどの期間を過ごしておりますが、島である石垣島では塩害は普通のことで、たとえば、エアコンの室外機なども塩害対策のコーティングをしていないとあっという間で錆びてしまいます。

また、私は子供の頃、神奈川県の海辺で育ちましたが、そこでも室外機や自動車・自転車等々金属製品の錆は著しかったという記憶があります。

風切り音と塩害の問題は、私の経験に基づく推測ではありますが、この辺りの問題も心配なので付記させていただきました。

投稿者プロフィール

佐々木宏夫(ささきひろお)
佐々木宏夫(ささきひろお)
早稲田大学名誉教授。フリーランスの研究者。専門は理論経済学+ゲーム理論。Ph.D(ロチェスター大学:指導教授はポール・ローマー(2018年ノーベル賞受賞者))
インターネットラジオvoicyでパーソナリティとして発信中(「佐々木宏夫のアカデミア紀行」)。
趣味はスキューバダイビング(2023年10月に600本を達成)。還暦を過ぎましたが、隠居にならないように、研究、教育、趣味等で頑張っています。2022年12月からは東京と石垣島の2拠点生活をしています。

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