TBSのジャニーズ問題報告書から読み取れる日本のジャーナリズムの極度の劣化

ジャニーズ問題について、2023年11月26日付で、TBSが調査報告書(調査委員会は、外部弁護士2人とTBSホールディングスの4人の幹部で構成)を公表した

 

一読した印象としては、これは、これまで報道等で知られていなかったTBSホールにおけるJ氏の性加害の事実を記載するなど、真相解明についてのある程度真摯な姿勢を垣間見ることができる(ただし、この件については「40年前の出来事で【関係者を】見つけることはできず、詳細については検証できなかった」という逃げの姿勢ではあったが)など、表層的な調査と責任逃れに終始したように見える他局の「検証報道」等と比べれば、いくらかマシなものだった。

 

私は今回のジャニーズ事務所(以下J社と呼ぶ)や宝塚の問題を、一貫して日本企業のコンプライアンスとガバナンスの弱点を如実に示している典型例として理解してきたし、日本の少なからぬ企業が経済のグローバル化の流れに落ちこぼれていく実例として興味深くこれらの問題を見ていた。

 

実はテレビや新聞などの日本のマスコミも、ある意味J社や宝塚と同じ穴の狢であり、両社と同じようにこれからどんどんダメになっていく企業群だと思っている。

 

 

いわゆるエンタメやマスコミの世界では、日本の場合、ほどほどの規模の市場があったことと、日本語という「言語の壁」に守られてきたことがあって、これまでは芸能界にもマスメディアに海外勢の参入は(韓国など一部の東アジア圏からの参入を別にすると)非常に難しいという現実があり、芸能界やマスコミはバリアーに守られて大きな利益を享受できてきた。

 

 

しかし、最近は、芸能界でもいわゆる「韓流スター」の活躍など、日本市場のバリアを打ち破る動きが始まっている。また、マスメディアにおいても、海外の報道機関(BBCやCNNなどの英米のメディアなど)によるニュース配信が普通に行われるようになった。さらに、Netflixのように字幕や世界中に置いた制作拠点を活用して、世界規模でのドラマ等の映像配信を行なう企業も活躍している。(Youtubeもグローバルな映像配信サイトとしての存在感を強めている。)

 

 

このような状況下でも、J社や宝塚などの芸能ビジネスは頑なにドメスティックであり続けてきたし、マスメディアも残念ながら国際市場での活躍はできないままに今に至っている。(そもそも国際的に活躍できる芸能人やジャーナリストがどれくらいいるのだろうか?)

 

今回の問題で、J社などの対応はコンプライアンスなどのグローバルな「常識」からはるかに逸脱しているものだったし、長年問題に気付きながら見て見ぬふりをし、今に至っても「タレントには罪がない」などということを経営陣が公然と言ってしまうテレビ局などのマスメディアの首脳陣の世界とのズレはただただ驚くしかない。

 

冒頭でも述べたようにTBSの報告書は「他社と比べればマシ」という程度のものでしかなく、自社が管理する建物内で性加害が行われた可能性についても、それを指摘するだけで、「40年前の出来事」を隠れ蓑にして、突っ込んだ調査は行われていないように思える。

 

この節には「グローバル化の中で朽ち果てていく業界」という副題をつけたが、ここでいう「業界」直接的には、日本の芸能関係のビジネスやマスメディアであるが、それだけに限らず、日本には世界と時代の変化について行けない企業がたくさんあり、「失われた何十年」と呼ばれる停滞は、そういう「朽ち果てていく業界」によって引き起こされているとも言える気がする。

「ニュースバリュー」を評価できない「ジャーナリスト」

ここで、話をTBSの報告書のことに戻そう。


実はJ社や宝塚などの問題だけに限らず、そもそも最近の日本では報道機関(週刊文春以外の)が、ジャーナリズムの担い手として機能していないことが大きな問題だと思っている。


実はTBSの報告書を読んでいて強く感じたことは、この報告書が対象にしているJ社関連の問題自体のことよりも、むしろ報告書の本筋からは離れるかもしれないが、日本のジャーナリズムの劣化の典型的な事例が語られていることに興味を持った。

つまり、この報告書を読んで感じたことは、TBSの報道部門に限らず、日本の報道機関の多くは、「ニュースバリュー」をろくに評価することもできなくなっているという危機的状況にあるように思えたのである。

具体的な例としては、この報告書でも触れられている草彅剛氏が酔っぱらって逮捕された「事件」についてである。


J社との関係でこの問題を論じた報告書では、当時のTBSの編成サイドが報道に介入しようとしたを問題として論じている。確かにこれは、それだけを切り取って考えれば問題なのだが、それはそれとして、そもそも一タレントが酔っ払って裸になって逮捕された事案に、どれほどの「ニュースバリュー」(言うまでもなく公益性を前提にしたニュースバリュー)があるというのか?


むしろ私はこちらの方が問題だと思う。

つまり、こんな話は、事実関係だけを2-3行で報道すれば十分な話なのである。

ところが、TBSだけでなく各社、ヘリコプターを飛ばして(その費用はいくらかかったのだ!?)「報道」している。


TBSの報告書を読みながら、このような手間をかけて報道する価値(「ニュースバリュー」)のあることなのか?という疑問が湧いてきた。


しかし、繰り返しになるがこの時多くのマスメディアは、大変な手間と費用をさいて草薙氏が乗っている車を空から追いかけたのである。

その一方で、文春とジャニーズ事務所の裁判で、最高裁の決定が出たという重大事案については、これまた各局とも「ニュースバリューを認めなかった」と言い訳している。

こう言ったニュースすべき題材かどうかの「目利き」も満足にできない人たちを、果たしてジャーナリストと呼んでよいのだろうか。


この点からも、J社問題は日本のジャーナリズムの極度の劣化を象徴している事案なのである。


【注記】報告書は下記のURLで読める。https://www.tbsholdings.co.jp/about/governance/pdf/investigation_report_20231126.pdf?1))

投稿者プロフィール

佐々木宏夫(ささきひろお)
佐々木宏夫(ささきひろお)
早稲田大学名誉教授。フリーランスの研究者。専門は理論経済学+ゲーム理論。Ph.D(ロチェスター大学:指導教授はポール・ローマー(2018年ノーベル賞受賞者))
インターネットラジオvoicyでパーソナリティとして発信中(「佐々木宏夫のアカデミア紀行」)。
趣味はスキューバダイビング(2023年10月に600本を達成)。還暦を過ぎましたが、隠居にならないように、研究、教育、趣味等で頑張っています。2022年12月からは東京と石垣島の2拠点生活をしています。

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