NHKオンデマンドで、「ヒマラヤ未踏峰への挑戦」という番組を見て

NHKオンデマンドで、「ヒマラヤ未踏峰への挑戦」という番組を見ました。

 

SNSで公募して集まった4人の登山家が、ヒマラヤの6000メートル級の未踏峰(ちなみにヒマラヤには未踏峰が相当な数あるんだそうです)に挑戦するという話です。

 

SNSでメンバーを募って、海外遠征の登山隊を組織するというのは、いかにも現代的なやり方だなと思いましたが、これまで繋がりのなかった多様な人材が集まり得るというメリットもある一方で、いろいろと難しい点もあるのではないか、という気もしました。

 

率直に言って、番組を見ながら、登山の素人である私の目から見ても、オヤッと思う箇所がいくつかありました。

 

NHKとしても、乗りかかった船だからなんとか番組に仕立て上げようと言う感じだったのかもしれませんが、見終わった後も一つのプロジェクトが終わった後の爽快感のようなものを感じることはありませんでした。

 

むしろ、何だか消化の良くない食べ物を食べてしまって、いつまでも胃にもたれてしまうような感がなきにしもあらずでした。

隊の構成とリーダーシップのあり方

SNSで集めた隊員

この登山隊のメンバーは4人でしたが、もともと繋がりのある人々の集まりではなくて、上述のようにSNSで集めた人たちでした。

 

この点で気になったことは、まず費用分担の問題です。これについての説明は番組ではありませんでしたが、後述するようにどう費用分担したのかはけっこう重要な要素だと思いました。NHKが、例えばスポンサー的な位置づけで、ある程度の資金を出したのかどうかは分かりません。

 

しかし、恐らくですが、NHKからの資金援助の有る無しに関わりなく、隊員たちでかなりの部分のお金を出したのではないかと推測できますし、費用分担という点ではSNSで隊員を集めたという点から考えると、4人がある程度公平に費用分担したのではないだろうか、と言う気はしました。

 

それから、SNSで集めたと言うことに関してもう一つ気になったのは、この4人が事前に(日本で)どれくらい顔を合わせていたのかとか、どれくらい共同でトレーニングをしていたのか、ということが番組では良くわかりませんでした。

 

この点は重要だと思いますね。顔合わせのきっかけはSNSというバーチャルな世界だったとしても、実際に登山を開始すれば、ザイルで結び合う仲間たちです。互いに相手に自分の命を預けるわけです。

 

ですから、チームを組むからには互いの技術レベルや人間性などを十分に把握して、盤石な信頼感を構築しておく必要があると思います。そのあたりの事前の準備がしっかりとなされているのかどうかが、番組ではよくわかりませんでした。

 

そういう点が気になりましたが、番組で紹介された実際の登山の映像を見ていてまず感じたのは、メンバー4人のヒマラヤでの経験に関する疑問でした。

 

もちろん、メンバーの皆さんは、日本国内ではそれなりに経験を積んだ人たちではあるようなのですが、そもそも海外に出ること自体が初めてという人もいました。中には何度かヒマラヤを経験した人もいるようでしたが、ヒマラヤのエキスパートというわけでもなさそうでした。

 

もちろん隊員の全員がヒマラヤに精通している必要も無いとは思いますが、いずれにしても、日本の山とヒマラヤではかなり大きな違いがありそうですから、隊員の経験や技量などは大丈夫なのかな?という素人目から見た心配はありました。

 

ただ、メンバーという点について言えば、この4人は登山家としてのキャリアや年齢なども似たり寄ったりの人たちだという印象を持ちました。そうなると、言葉は悪いですが、どんぐりの背比べ的な状況に陥る心配は無いのか?ということは気になりました。この点は、誰をリーダーにするのかということにも関わってきそうです。

チームの一体感とリーダーシップのあり方

上述のように、6000メートルを超える未踏峰を目指すにしては、やや心許なさも感じる(失礼!)チームだという印象を持ったというのが正直なところです。

 

番組では、4人が行った議論の様子なども、ある程度赤裸々に紹介されていましたが、いろいろと難しいこともあったようです。

 

たとえば、最初の方の時点で、4人のうち1人の歩く速度が遅くてどうしても前の3人に遅れがちになるという事態が生じていました。

 

このチームでは、最初から「4人全員での頂上登頂を目指す」という目標を設定していたので(この目標の妥当性についての検討はさておいても)、一人だけ遅れ気味になるというのは、その後の活動に関して困難の原因になる可能性がないわけではありません。

 

そこで、その晩、テントの中でこの問題について話し合われたのですが、少なくとも映像を見る限りの印象ではかなり険悪な雰囲気での話し合いでした。

 

しかも、話の流れで、この遅れがちになった人が「本当に4人で頂上に上がると言うことを信じてもいいのですね?」と質問しだしてしまい、聴きようによってはリーダーやその他の仲間への不信感の表明とも感じられました。

 

その場は、なんとか治まりましたが、この光景を見ながら、①リーダーはそもそも信頼されているのだろうか? あるいは②このチームにメンバー間の信頼は確立しているのだろうか?と言う疑問を抱いてしまいました。

 

昔からの親しい登山仲間が集まって結成したチームでない上に、恐らく費用分担も各人がそれなりにしているのでしょうから、「全員で登頂しよう」ということにせざるを得ないのでしょうし、体調や体力その他で最後まで一緒の行動は無理という隊員がいても、なかなか「あなたは残ってサポートに回ってください」とは言いにくいのかもしれませんね。

 

最近は、それこそエベレストの登頂でも、ツアーに近い感覚でメンバーを募集して、それなりの参加費を徴収するなどということもあるようですが、そこまで行かなくても公募かそれに近い形で結成したグループには難しい問題があるんだろうな、という気はしました。

 

この疑問は、最終的な登頂の可否の判断の時にも露呈した感があります。

 

結局、最後の段階で山頂への登頂を断念するわけですが、その意思決定に当たっては、各人の意見を聞いて決めていました。

 

その評議では、3人は登頂断念、1人はみんなが行くならいってもいい、と言うことだったので、登頂断念に決まったのですが、こんな命に関わることを多数決で決めるのかな?と思いました。

 

例えば、3人は登ろうと言って、1人がもう無理と言ったりしたら、どうするつもりだったんだろう?とか。

 

もちろんリーダーの独断専行というのもよくありませんが、こういう場合に「民主的に」「多数決原理で」決めるということには、メリットとデメリットとの双方があるような気がしました。

他に気になったこと

ルートの変更

他にも気になることがいくつかありました。

 

例えば、突然の登山ルートの変更です。最初の計画では、氷河を登っていこうと言うことになっていたのが、現場に着いてから突然、「氷河はクレパスに落ちるリスクがあるから、尾根を登ろう」と大変更です。

 

ところが、実際に尾根を登っていくと、最後に氷の雪原が広がっていて、ここは登れないということで引き返します。そして、次には最初の予定通り氷河ルートを登ることにしましたが、今度は隊員の一人がクレパスに落ちてしまって九死に一生を得ることになり、結局みんな怖じ気づいて(多分)、その先に進むのを断念して、今回の登山終了です。

 

これも、どうかなと思いますね。例えば尾根ルートも選択肢の一つとして最初からルートとして検討していた上で、事前のシミュレーションでは氷河ルートを登ることにしていたけれど、当日の天候その他の状況で尾根ルートにしたならば分かりますけどね。

 

それなりに検討を重ねてきたと思われる氷河ルートを簡単に放棄してしまい、尾根ルートを登ってみたら難しかったから、やはり氷河ルートにしよう、というのはどうなんでしょうか?

 

こういうことは難度の高い登山でよくあることなんでしょうか?私のような素人の考えとしては、疑問に感じました。

失敗に備えての言い訳

この番組では、Nさんという隊員の日記が随所で紹介されているのですが、その内容も気になりました。というのは、登ってもいない段階からの言い訳が結構あるんですね。

 

「成功したいが、失敗したとしても、得るものは大きいはずだ」と言った感じのことを、何度も彼は述べています。

 

まあ、後先考えずイケイケどんどんと言うのも困るのですが、プロジェクトの実施前から失敗したときの言い訳を考えるというのはどうなんでしょうね?

 

「死」の衝撃

それから、このNさんの日記に関しては、もう一つ気になることがありました。

 

それは頭頂を断念してベースキャンプに戻ってきた時のことです。

 

実は、別の隊のサポートをしていた現地の方が遭難して、その遺体がベースキャンプまで下ろされてきたのですが、その遺体の様子を見てNさんは大変なショックを受けたようなんですね。

 

その衝撃を率直に日記に綴っておられました。

 

 どうもその文面から拝察するに、彼は登山に限らず遺体と初めて対面したようなんですね。

 

確かに、最近は高齢化のせいか、家で家族などの死に遭遇しないまま大人になる人も増えていますし、そういう点では20歳代のNさんが初めて遺体に遭遇したとしても不思議はないのですが、ただ、その文面を聞く限り、なんというのかな・・・、死への心構えというか覚悟みたいなものが読み取れない気がしました。

 

実は、私がよく通っていた伊豆のダイビングショップのご主人は、ダイビングの前のブリーフィングの時に、必ず「ダイビングは死ぬスポーツです!」とまず言うのですね。

 

そのご主人は、日本でも有数の経験を持つベテランダイバーですが、彼が真剣な表情で「死にます!」というと、聞いた者はその途端にピリッとなりました。

 

実際、この方の言うとおりなんです。ダイビングは死と隣り合わせのスポーツです。だから徹底した安全管理をして、慎重の上にも慎重を期して潜らなければならないものです。

 

このあたりの感覚というのは、私のように歳を取って死を意識せざるを得ない人間と、まだまだ死が遙か遠くにありそうな若い人との感覚の違いなのかもしれませんが、Nさんがこれから死とどう向き合って行くのかには注目したいですね。

放送局(NHK)はどう関わったのか?:報道倫理との関連で、この種の番組でいつも感じる疑問

先ほど、登山にかかった費用の一部をNHKが負担しているのかどうか、という疑問についてお話ししましたが、実はこの種のドキュメンタリー的な番組においては、報道する側(この番組の場合はNHK)がどれくらい関わっているのかが気になります。

つまり、報道する側はあくまでも「黒子」の立場で、視聴者の目にはほとんど映ってきませんが、目に見えないところでかなりの関わりがあるはずで、そのあたりが不明確(今風に言えば「透明性を欠く」)なのが、この番組だけでなくこれまでも同種の番組で気になっていました。

例えば、映像のアングルなどから考えて、登山隊メンバー以外に放送局のカメラマン(しかもそういう人は登山でも相当な技量の持ち主であることが多いです)が撮影していると推定できる場合などがありますが、その人たちは本当に撮影だけに徹していたのか?という疑問は生じます。

今回の番組の場合は、「NHKのカメラマンが同行したのはここまでです」ということが明記されていましたが、それでもカメラマンと別れる前に、登山自体に対してカメラマン(同時に登山家でもある)のサポートはあったのかどうか?

番組によっては、最後もしくは最後近くまで放送局側の人が同行したように思われる(そうでないと撮れない映像もある)場合などもありますが、そうなるとその登山は、例えば、単独行を売りにするものだったとしても、単独行と言えるかどうかは疑問という事になるわけです。

実際、この番組の登山チームのメンバー1人は、北海道の分水嶺を単独で踏破したということで有名になりましたが、その時の番組を見たときにもNHKが最初の計画の段階からどれくらい関与していたのか?(さすがに映像は登山者が自前で撮ったにしても)という疑問を持ちました。

昔の文字媒体で登山の成果を発表していた時代には、無名の登山家が本当に自分1人だけでその登山や冒険行を企画し、準備し、実行して、それに成功したら自分で書いた原稿を出版社等に持ち込んで、有名になると言ったこともあり得たと思いますが、テレビの場合、準備から報道関係者が関与する可能性は高そうに思います。

そうなると一歩間違えると、いわゆる「やらせ」疑惑が生じないとも限りません。

そういう意味でも、報道側の行動を明らかにするなどの情報開示が必要な気もします。

最後に、蛇足ですが…

最後に、これは登山とは関係ないのですが、このNさんという方が、ベースキャンプについた前後位に、風邪をひいて、熱を出して、2-3日休養をとるシーンがあるのですが、これ本当に風邪なのかな?と思いました。

 

と言いますのは、私は昔チベットを旅行したことかあり、三千数百メートルから五千メートルくらいまでの高地に滞在した経験があるのですが、実はNさんの症状を見ていると、私が経験した高山病の症状に似ている感じがしました。

 

チベットに着いた晩から何日間かは、体中に震えと悪寒が走り、夜寝ていても30分に1回くらい目が覚めてしまい、寝られないんですね。

 

最初風邪かと思ったのですが、ガイドの話ではこれが高山病の症状だから、とにかく水をたくさん飲みなさいと言われました。

 

私一人こんな目に遭っているのかと思ったら、朝食堂に行くとみんな同じ症状が出て、眠れなかったと言うんですね。

 

ただ、Nさんの場合、熱が出ていたようなので、風邪だったのかもしれませんが、そうだったとしても高山病の症状と複合した可能性がありますね。

 

最後はどうでもいい話でした。

投稿者プロフィール

佐々木宏夫(ささきひろお)
佐々木宏夫(ささきひろお)
早稲田大学名誉教授。フリーランスの研究者。専門は理論経済学+ゲーム理論。Ph.D(ロチェスター大学:指導教授はポール・ローマー(2018年ノーベル賞受賞者))
インターネットラジオvoicyでパーソナリティとして発信中(「佐々木宏夫のアカデミア紀行」)。
趣味はスキューバダイビング(2023年10月に600本を達成)。還暦を過ぎましたが、隠居にならないように、研究、教育、趣味等で頑張っています。2022年12月からは東京と石垣島の2拠点生活をしています。

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