阪急電鉄は宝塚歌劇団をコントロールできているのだろうか?

私は、芸能界への関心は全くと言っていいほどないのですが、企業のガバナンスのあり方とか、日本経済がダメになっていくことの理由を教えてくれる典型的な事例だということなどで、旧ジャニーズ事務所と宝塚の問題には、けっこう関心を持っています。(voicyでもこのテーマで何度か話しました。)

 

昨日(2023年11月18日)のvoicyの実況でも話したのですが、「伝統芸能」という観点に立つと、大相撲、歌舞伎、宝塚には共通性があります。しかし、雇用のあり方とか、後継者養成の仕組みといった観点で捉えると、宝塚歌劇団と旧ジャニーズ事務所のビジネスには類似性があるような気がしています。

 

ただし、旧ジャニーズ事務所と宝塚歌劇団の組織という点で考えますと、両者には組織のあり方に大きな違いがあります。つまり、旧ジャニーズ事務所は一人のオーナー(現在は藤島ジュリー氏)が持つ個人企業であるのに対して、宝塚歌劇団は阪急電鉄という大企業(その持ち株会社の阪急阪神ホールディングスは東証プライム市場上場)の一事業部門です。

 

この点について最近私が気になっているのは、果たして阪急は宝塚をきちんとコントロールできているのだろうか?ということです。

 

つまり、宝塚歌劇団のビジネスというのは、阪急電鉄が取り組んでいる標準的なビジネス(鉄道輸送、百貨店経営、ホテル経営、不動産事業など)とくらべるとかなり異質です。

 

そういうところに、阪急電鉄で長年経験を積んできた職員が入り込んでいけるのだろうか?という疑問が生じます。

公立大学に勤務した経験から

私は早稲田大学に移籍する前には、名古屋市立大学という公立の大学に勤務しておりました。今は独法化して組織構造なども変わっているようですが、私がいた頃は名古屋市の一部局でした。

 

ですから、事務職員は、名古屋市役所の一般の職員でした。それこそ市大に赴任する前は市役所の市民課で住民票や戸籍謄本などの仕事をしていた職員が、学生対応やカリキュラム編成、さらには科学研究費の申請業務など、市役所で一般的に行われている業務とは異質な仕事を市大の事務所でこなしていたわけです。

 

それに加えて、大学は広範な「自治」が認められておりますから、組織としての意思決定のあり方も市役所の一般部局とは全く異なっています。

 

ですから、今考えてみれば、名古屋市大に勤務していた(特に管理職で勤務していた)市の職員の苦労は大きかっただろうと思います。

 

 

とにかく自治を尊重しなければなりませんから、職員サイドとしては大学運営にやたらに口を出せません。しかしそうだからといって、全く口を出さないで無政府状態にする訳にもいかない。職員の皆さんにはこんな葛藤があっただろうと推察します。

 

しかも、それに加えて、たとえ運営に口を出そうとしても、大学の運営には専門性(研究や教育の専門性など)が関わってきますから、そういった知識のない職員は口を出しにくいという面もあります。

 

市の職員から見たら、大学はある種の「伏魔殿」だったでしょうね。下手に触れると大火傷しかねない怖さのある組織です。

 

市立大学に限らず、自立性が高くて、固有の専門性のある組織では、多かれ少なかれ同様な問題が内在している可能性が高いだろうという気がします。

 

実際、ある公立病院の院長を務めておられるお医者さんと以前話したときに、その先生も私が名古屋市大で感じたのと同じような難しさを、事務所とのやり取りなどで感じることがあるとおっしゃっていました。

宝塚歌劇団の運営にも同様な難しさがあるのでは・・・?

上に述べた私の公立大学での経験に基づいての推測ですが、阪急電鉄と宝塚歌劇団の関係にも、市役所と大学の関係と似たような難しさがあっても不思議はない気がします。

 

宝塚のような、昔の体育会や戦前の軍隊に似た組織は、理不尽にこき使われる下の世代には地獄でも、トップスターや組のリーダーなどの上の世代には天国ではないでしょうか。

 

その人たちももちろん若い頃には苦労しているわけではありますが、そういう苦労を経て手に入れた既得権を絶対に手放したくないでしょう。だからそういう人たちは、「伝統」を盾にとって改革に反対します。

 

しかも、こういう古い体質の組織には、「主(ぬし)」のような事務職員がいる可能性もあります(今の宝塚歌劇団にそういう人がいるかどうかはわかりませんが、仮にそういう人がいたとしても不思議はないという話です)。

 

 

つまり、もともとは阪急電鉄で鉄道やホテル等々の仕事をしていた人で、その後歌劇団の事務局に異動して、長い期間にわたって歌劇団の事務所で仕事をして「主」のようになった人がいる可能性ですね。

 

こういう「主」のような職員が仮にいたならば、そういう人は、阪急電鉄本来の業務とは異質な宝塚歌劇団固有の業務に精通していますので、やたら異動させるわけにもいきません。そういう人が上の世代の既得権者と結びつくと、色々と困った問題が生じる可能性もないわけではありません。

 

実は、私はこの前の宝塚の記者会見に出ていた「理事長」などの執行部の発言を聴きながら、この人たちが言っていることはどこか他人事のようだな、という感じががしました。もし上に述べた推測が的を射ているならば、執行部が当事者能力を欠いていたとしても不思議はないのかもしれません。

 

以上、推測を含んだ話で恐縮ですが、なんとなくそんなことを感じました。

【追記】この話の(企業統治に関わる)一般的教訓

この話と同様な話をvoicyで話したときに、聴取者の方からコメントで指摘されたのですが、企業がM&Aなどの一環で、ベンチャー企業など、これまでその企業とは関係のなかった会社を傘下に収めるときなどに、上の話で起きたと同様な問題が生じる可能性があります。

上述のように鉄道会社と宝塚は、かなり異質な存在ではあるので、より問題が顕著になりがちであることは確かですが、そこまで異質ではなくても、これまで全く異なった歴史で歩んできた会社との合併などに際しては、統治の形をどう設定して、どう運用していくのかは、慎重にやっていく必要がありそうです。

取り込もうとする会社に遠慮しすぎて、勝手気ままにやらせるのも良くありませんが、その一方でこちらの流儀を押しつけすぎても相手側の従業員等のやる気を削ぐ結果になってしまう恐れがあります。バランスがとても大切になりますね。

投稿者プロフィール

佐々木宏夫(ささきひろお)
佐々木宏夫(ささきひろお)
早稲田大学名誉教授。フリーランスの研究者。専門は理論経済学+ゲーム理論。Ph.D(ロチェスター大学:指導教授はポール・ローマー(2018年ノーベル賞受賞者))
インターネットラジオvoicyでパーソナリティとして発信中(「佐々木宏夫のアカデミア紀行」)。
趣味はスキューバダイビング(2023年10月に600本を達成)。還暦を過ぎましたが、隠居にならないように、研究、教育、趣味等で頑張っています。2022年12月からは東京と石垣島の2拠点生活をしています。

詳しい自己紹介はこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA